40後半から現役復帰!牛むつみのモーモー日記

1969年生まれで2000年に全日本シクロクロス選手権チャンピオン、その後に現役引退してから約10年。44歳から現役復帰した須藤むつみのBBA底力をお見せします!

エコマイン周回からの神崎一部、歯医者、音楽バトンその4

どもです。

昨日は夜9時には帰宅できたので、ちゃんと朝練の準備できた!けど暑くて熟睡出来ないのがツライ(T_T)スドーマンも辛そうだったけど、2人でロード練習。昨日のコースから後半をアレンジして、少し距離伸ばすw

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昨日よりは暑くなく、しかも1回目のジュース休憩でニワカ雨にあい少しクールダウン。それで後半、頑張って張り切り過ぎたら過呼吸に(T_T)ちと追い込み過ぎ。帰宅までの30分はペースダウンしてもらい、再び落ち着いて走ったが、スドーマンもグロッキーになってたw

帰宅してから、急いでシャワー浴びて歯医者へ。月曜に施術していただいた歯茎のレーザー処置。腫れはひいているので有り難い。帰宅後は洗濯したり片付け、事務作業などなど。

 

で、ちょっと間があいておりましたが、例のバトンを!

「4日目/10日ーほんとうに衝撃を受け、かつ今でも聞き続けている(ごくたまにであっても)生涯のお気に入りアルバムを10枚。毎日ひとつずつジャケを投稿する。説明は不要。」

4日目は、こちらです。
Associates「Sulk」

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リリースは1982年。しかし私がこの作品と出会ったのは、1985年ぐらいの話だったはず。いつも立ち寄っていた某輸入盤屋(という言い方も懐かしいw)で「絶対、コレは好きなはずだ、買ってけ!」と半分、無理やり押し付けられた覚えが。輸入盤ということもありチョイとディスカウントしてもらって買ったLPを帰宅して、早速プレイヤーにかけた途端にビックリした。「なんだ、この声は!!スゴイ!!」低いのに艶っぽさ全開、しかも表情はたっぷり!!軽く突き放したような感じから、情感たっぷりになるサビへの振り幅の広さが素晴らしい!!この前に紹介したマーク・アーモンドも系統としては似ているけれど、もっと絡みつく感覚。バックの音の作りも緻密で煌びやかな、中でも「クラブ・カントリー」とか「パーティー・フェアー・トゥー」は、そんな構成の極致なチューン。この1枚にノックアウトされて以後、繰り返し聴くことになります。

問題は、このバンド「アソシエイツ」について、当時の日本では情報が非常に少なかったこと。私は音楽雑誌でも見たことがなかったし、今のようにネットで検索することも出来ない。例の輸入盤屋のオヤジにイロイロと聞いてみたけど、詳細な情報は分からない、とのこと。ただ、スコットランド出身のビリー・マッケンジーがボーカル、作曲やアレンジのアラン・ランキンによる2人のプロジェクトで、英国では評価が高いということは何とか分かった次第。

ここから、驚くことが起こる。この「サルク」を買って聞き入っていた頃に、いつものように新聞の朝刊で「来日公演の決定」をチェックしていたところ、とんでもない来日情報を見つけてしまう。1985年の8月、メガネスーパーの主催で「メガネスーパーロックインジャパン」というフェス形式のライブ開催が発表されていたのだ。当時、日本では複数のバンドやアーティストを集めたフェス形式のライブは開催してなかった頃、それだけでも凄いことだったのだが、顔ぶれが又凄かったのだ。

「カルチャークラブ」これがメインアクトのようだ。スゲー!
スタイル・カウンシル」おおお!これもスゲー!
「ゴー・ウエスト」おお、なかなか良いトコを!
・・・「アソシエイツ」。え??マジ??同じ名前の別バンドだったらイヤだぞw
記事内にあった小さな写真を確認する。確かにビリーの顔写真があるように見える。マジかよ、本当にアソシエイツ、来ちゃうのかよ!

まずはチケットを徹夜でゲット、横浜スタジアムの最前列の席を取って来日を待つことに。更に新譜も出る!というので「Perhaps(パーハップス)」も購入。この時にビリーと一緒に活動していたアランの名前と姿がないことに気付く。後に確認したところ、「サルク」発表後のツアー中にアランが脱退、プロデューサー業に専念することになったらしい。残念。

肝心の来日ライブですが、トップバッターで登場のアソシエイツ、ビリーが元気よく「ハロー!」と出てきた瞬間から大雨wwwでもビリーの声が聴けるのであれば何も怖くない!とレインコート姿で、ほぼ観客全員が座ったままの中、1人で踊り狂っていた私www1時間足らずのセットではありましたが、「クラブ・カントリー」や「パーティー・フェアー・トゥー」、更には当時の新曲「Waiting For the Love Boat」などなど、たっぷりと歌い上げてくれて最高でした!雨の中で踊ったので、パンプスを1足ダメにしちゃったけど、そんなことは些細な出来事。この経験も最高でした。

その後、しばらくビリーのソロプロジェクトとしてアソシエイツは活動を続け、90年ぐらいまでは作品のリリースがあり、珍しく某音楽雑誌の英国特集で、急にインタビューと写真が掲載されたりして嬉しかったのですが(探せば、この記事どこかにあると思うw)、そこから急に音信がなくなる。

そして。ネットの時代に入り、私もイロイロと音楽関連の検索をしているなかで衝撃の事実を知ってしまう。ビリー・マッケンジーは1997年に死去していた。それは自殺だった。のちにYou Tubeで彼の追悼特集のTV映像も見つけて、様々なアーティストがコメントを寄せていた。唯一無二の存在だったビリー・マッケンジーは、今大好きだった彼のお母さんと同じお墓のなか、スコットランドの空の下で安らかに眠っている。

「サルク」収録ではないのですが、「18 Carat Love Affair」に収録のカバー曲「Love Hangover」より。

If there's a cure for this
I don't want it
I don't want it no
If there's a cure for this
I don't need it

本当は助けが必要だったのか?でも彼なら「そんな野暮なことに構わないでよ」というのだろうか。

 

次はどれにしよーかな?

でわでわ。